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スバル・サンバーの回顧とNUOVA(ヌーヴァ)500

前方から見た1961年式の若草色のスバル・サンバー

FIAT 500の原型になったNUOVA 500の誕生は1957年である。わずか4年後の1961年にスバル・サンバーは誕生した。それから、2012年までの51年もの間、幅広く愛され活躍した名車である。NUOVA 500との意外な接点も交えて、サンバーを振り返ってみたい。

2017年9月20日:用字用語の整理。

スバルの車造り

前方から見た1971年式の赤色のスバル・レオーネ

最近、社名を正式に「SUBARU」に変更したことで話題となった富士重工業である。サンバーは、1961年の初代から軽自動車規格のワンボックス型とトラック型の2種類で登場した。有名なスバル・360と同じ開発主任が担当したこともあり、サンバーの構成はスバル・360との共有部分も多い。

サンバーが最後まで貫いたRR*1方式、四輪独立懸架*2サスペンション*3は、この初代サンバーで既に確立されたものである。当時の同系の車種と比較しても、抜群の乗り心地を誇った。この時代を先取る車造りは一流のなせる「すご技」であったと評せる。

しかし、歳月が経過して、スバル車は「まじめだが、やぼったい」印象を一時期抱かれてしまった。1982年、世界初の乗用車系への4WD*4を搭載したレオーネを筆頭に、すこぶる独創的かつ実用的な設計であった。無論水平対向エンジンもしかりである。しかし、少々値が張るのと設計がひねくさいのが致命傷であった。

当時、スバル車をお気に入りの人は「スバリスト」と称された。しかし、そこには半ば「変わり者」と皮肉る意味合いがなかったわけではない。スバルが生き残りを賭けて、逸出のできで近代化を果たしたのは、1989年登場のレオーネの後継車「初代レガシィ」による功績である。

550cc最終型の4代目サンバーの印象

側面から見た1982年式の銀色のスバル・サンバー

最も強い印象を与えられたのは1982年から1990年の4代目サンバーという声はよく聞かれる。4代目サンバーは550cc時代最後の型でもある。ワンボックス型は、いかにもあか抜けた「サンバートライ」に名称が変更された。

先述のレオーネに続いてサンバーにも1980年に4WDが設定された。この当時の4WDはパートタイム式であり、2WDとの切り替えボタンがシフトノブの先端に付いていた。今やパートタイム式4WDも珍しいが、これはセンターデフが未装着のため、前輪・後輪間の回転差を逃がせない。

雨雪ならタイヤが滑ることで回転差を逃がすことができる。だが、グリップの高い晴天の舗装路で、うっかり4WDを切り忘れてUターンなどをしてしまうと、がっちりタイヤが路面をつかんでしまい、抜き差しならない羽目に陥ることがある。その場合の対処法はハンドルを真っすぐに戻し、4WDスイッチを切って少し前後退させることで、2WDに戻れば動き出す。

4代目サンバーの頃は、エンジンも例の2気筒である。544cc水冷SOHCから28ps*5 / 5500rpm*6の最高出力、4・3kgm*7 / 5500rpmの最大トルクを発生したが、いかんせん重量級のワンボックス型には非力であった。同じ時期のスズキ・エブリィやダイハツ・アトレーがターボ*8付きエンジンを登場させていただけに、特にその悪印象は浮き彫りになってしまった。

サンバーとNUOVA 500の接点

側面から見た1999年式の青色のスバル・サンバー

軽自動車規格が変更されるとともに、1990年には660ccのサンバーが登場した。ワンボックス型は「サンバーディアス」と命名され5代目になった。この際にエンジンは一気に4気筒に一新され、最高出力も40PSを超え、動力性能も著しく向上させた。また、1999年に軽自動車規格が再度変更され、排気量は660ccのまま現行の寸法になった6代目サンバーに移行する。これが最後の自社製サンバーになり、2012年半世紀の歴史に幕を下ろしたのである。

これと前後する2006年ごろ、オートバックス社とチンクチェント博物館の共同企画による「FIAT 500 マキナ」が発売された。これは1957年から1977年の本物のNUOVA 500の車体をレストア*9し、そこにサンバーの4気筒SOHC8バルブ*10658ccエンジンを搭載したものである。

これはもちろん日本国内の企画だったため、NUOVA 500やFIAT 500の祖国イタリアとは無関係になる。また、サンバーのエンジンと同時に、3速オートマチック*11、12インチホイール用の足回り、ブレーキシステムまでもが移植された代物であった。

このFIAT 500 マキナは、販売されていた当時に実物を目にしたことがある。新車扱いの販売だが、レストアされた跡が所々にある車体が幾分気になった。特に内装にサンバーの変速レバーが生えているのは、少なからずちぐはぐに映った。

このような原型を忠実に再現することにこだわらないレストアは、FIAT 500 マキナ以外にも数多くあり、最近ではエンジンに取って代わり電動にしてしまうものすら出てきている。壊れない、運転がたやすい、万一の故障も部品の調達が簡便など幾つかの利点もある。しかし、車の命をつかさどる「心臓」を取り換えては魅力も半減してしまいはしないか。FIAT 500 マキナまでが「許容の範囲」ではないだろうか。

まとめ

側方から見た1961年式の水色のスバル・サンバー

50年以上にわたるサンバーの歴史は、これだけではお伝えしきれない。あえて総括するならばレガシィの登場後にスバル車は大きく飛躍した。そして、サンバーは独創性・実用性を1961年から2012年まで一貫して固持してきた。

ターボ装着などで派手やかな競合車種よりも、RR方式や四輪独立懸架サスペンションなどの基本設計は、どの競合よりも秀出していたと断言できる。この卓逸な基本設計があったからこそ、「乗用車の皮をかぶったトラック」に成り果てず、乗用車であるNUOVA 500への移植も実現したのだ。

4代目サンバートライ、5代目サンバーディアスには乗車したことがある。さすがに660ccの4気筒エンジンになったサンバーディアスは洗練されていた。どちらもトラック型を併売する実用車なので、運転に面白味はないものの、乗り心地に関しては突き上げもなく、路面追従性とともに秀逸であった。

2012年以降もスズキ・エブリィなどは生き残っているが、軽自動車でも広い「スーパーハイト型」が台頭しており、ワンボックス型の存在感を維持するのに四苦八苦しているのが分かる。無骨なジープがスポーツタイプ多目的車(SUV)に置き換わったように、時代の花形は丈夫さ最優先のワンボックス型ではないようだ。そう考えると、スバル・サンバーはうまく潮時を見たのだろう。しかし、スバル製サンバーの赤帽仕様の復刻をどこかで期待してしまっているのだ。

当時やゆされた「スバリスト」は自動車業界の盛衰をどのように見ているのだろうか。冬の宵に見えるプレアデス星団はこうこうと輝いている。

(出典:株式会社SUBARUFiat Chrysler Automobiles

*1:【和製語 rear-engine, rear-drive】後部エンジン後輪駆動。自動車の後部に搭載したエンジンによる後輪駆動方式。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)

*2:つりさげ,ささえること。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)

*3:【suspension】自動車などで,車輪と車体をつなぎ,路面からの衝撃や振動が車室に伝わるのを防ぐ装置。懸架装置。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)

*4:〔four-wheel drive〕自動車で,前後の四つの車輪すべてに駆動力を伝える方式。4WD 。四駆。全輪駆動。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)

*5:【ドイツ Pferdestärke】馬力を表す記号。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)

*6:【revolutions per minute】エンジンやタービンなどの毎分回転数。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)

*7:【フランス kilogrammètre】エネルギーまたはトルクの重力単位キログラムメートルを表す記号。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)

*8:【turbo】排ガスを利用してタービンを回し,混合気を強制的にシリンダー内に送り込んで圧力を高める,エンジンの補助装置。出力・トルクを高め,併せて燃費向上に役立つ。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)

*9:【restore】旧型車をエンジンの交換や塗装・板金などの修繕で新車のような状態に仕上げること。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)

*10:【valve】弁。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)

*11:【automatic】自動車の自動変速装置。エンジン回転数,アクセル開度,車速によって自動的に変速装置の変速段数が選択される。ノー-クラッチ。AT 。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)